月影のシミュラクル -解放の羽- 評価 / 感想
―これは蜘蛛の糸にとらわれた蝶が再び羽ばたくまでの物語
月影のシミュラクル -解放の羽- とは
あっぷりけ発の怪奇もの。
ホラー・グロテスク要素もありますが、それほどキツい描写はないので、そういったものが苦手な方でも楽しめるかと思います。
伊沢という名の田舎町に縛られる如月の一族とその家宝である生き人形にまつわる数奇なお話。
如月家は伊沢の地において絶大な権力を持ち、町の人々の殆どが如月の系列企業に勤めているため知らぬ者はおらず、常に機嫌を伺っているといった具合ですね。だからといって如月家は暴利を尽くすようなことはせず、表面上は穏やかに暮らしています。
といいますのも如月家には多くの分家があり、生き人形を用いた儀式を不定期で行っており、これは言うなれば如月とその分家間における権力争いでもあるため、如月の人間からしたら非常に厄介なお話であるというわけですね。
そんな中再び儀式が行われる時期になり、生き人形のつがい相手として白羽の矢が立ったのが如月の分家の一つである卯月家に身を置く主人公・誠一。
分家といっても卯月家は如月家を巡る権力争いからは外れており、殆どただの親戚のような立ち位置であるため、誠一は気楽に伊沢へ里帰りします。
ですが、儀式を行った夜屋敷の中でとある人物に会うことで、そこから誠一の日常は一変していきます。
この作品の魅力
ライトな感じの和風ホラーを楽しめます。
尤も、話の本質はホラー要素ではないので、あくまでも生き人形とのやり取りにフォーカスを当てた作品ではありますが。
生き人形は物語におけるジョーカー的役割を担っており、会う度に態度がコロコロ変わる様がなかなか楽しませてくれますね。
また、こちらの作品システム面が非常に優秀です。
昨今標準搭載の機能は殆ど抑えてあり、プレイしていて苦痛に感じる部分はありませんでした。
特にタイトル画面から飛べるフローチャートシステムが良かったです。
本作はEND数が10を超えるほど多く存在するため、このシステムはありがたかったですね。ひと昔前の作品であれば自分でいくつもセーブポイントを用意してフラグ管理をしなければなりませんでしたが、本作はこのフローチャートのおかげでセーブという行為そのものすらいらないのではないかと思わせるくらいの便利さでした。
最近の作品はこういったシナリオやキャラの面以外の要素にも力を入れてくれる傾向にあって嬉しい限りですね。
シナリオ感想(この項目よりネタバレ有り)
非常によくできた作品だと思います。
ミドルプライスであるため、話の広がりが中途半端で肩透かしを食らったらどうしようとも思いましたが、杞憂でした。
限られた舞台の中でもやりたいことが出来たといった印象を受けましたね。
話の軸が全編通して生き人形こと紅にあるため、この存在の扱い方一つで良作にも駄作にもなり得るわけですが、そのあたりのコントロールが上手にできていました。
紅が悪逆の限りを尽くしてしまっては、プレイヤーが感情移入しづらいですし、逆に簡単に懐柔出来てしまっては「この程度の存在を何世代にも渡って恐れ続けてきたの?」となってしまいますからね。
ちゃんと悪意を向けられて暴走し、誠一を追い続ける、あるいは殺すENDを設けた上でTRUEへ向かわせる分岐構造は物語の構成上良かったと思います。
また、主人公が誠一である必要性という点もよく考えられていました。
というのも詳細は後述しますが、紅は相対した人間の思考を反射する性質を持っているため、誠一のように元から穏やかな心を持っており、紅を恐れず、受け入れることができる器でなければ如月と蜘蛛神との因縁を断ち切れなかったでしょう。蜘蛛の物体の構造把握能力を有しているのも理由の一つですしね。
この誰でも良かったというわけではなく誠一でなければならない理由を主人公に持たせられたのは個人的に好印象でした。
強いて惜しかった点を挙げるとすれば、
・誠一の構造把握能力を活かせる場面が少なかった
・紅と仲を深める過程がもう少し長くてもよかった
といった辺りでしょうか。
ミドルプライスであることを考えれば、尺の都合上仕方ありませんね。
尤も、後者に関して言えば、零や如月の叔父さん含め屋敷の人間全員に知られてはならない状況でもあったため、元々難しい問題ではありましたが...。
とはいえやはり全体を通してみれば綺麗にまとまっており、十分良作だったと言えるでしょう。
紅という女の魅力
この紅というヒロインですが、非常に面白い性質を持っています。
それは相対した人間の感情・思考をトレースし、それに見合った行動を行うといったものですね。
人形であるが故に感情を持たず、人の真似をするわけですが、誰かを殺したいといった害意を持った状態で紅に接触すると紅も残虐な性格になり、逆に好奇心を持った状態で接触すれば、紅もそれに応じて好奇心旺盛で挑発するような性格に変わるといった具合です。
これがこの物語の根幹を担っているといっても過言ではなく、紅は如月の分家による醜悪な欲望や追い落としてやりたいといった敵意を頻繁に受けやすい環境に身を置いていたため、誰も御することが出来なかったという理屈ですね。
紅の存在が生き人形であったという点も個人的には良かったと思っていて、
といいますのも、作中では紅が多くの人を殺す、あるいは死に追いやるといった描写が見受けられます。これが人間だったらただの人殺しなので、多くのプレイヤーから反感を買ってしまっていたでしょう。
そこを人形かつ他者の思考を反射するという性質を持ち出すことで、悪いのは悪意持って接した人間側であるという理由付けができ、紅の純粋さは守られるという点で上手だなと感じましたね。
過去に様々な作品に触れ、アンドロイドやAIの様な同系統のヒロインを見てきましたが、この他者の思考や感情をトレース・反射する性質を持っているといったヒロインは紅が初めてでしたので、私の中では非常に新鮮な感覚でした。
最初は人殺しの狂気キャラなんて好きになれんだろう…と不安でしたが、物語を読み進め、上記の流れを介することで、最後に感情に目覚めるお約束含め、非常に魅力的なヒロインだと思えるようになりました。
怪しさ、不気味さ、力強さを感じさせるテーマ曲も紅という存在に合っており、こちらも聴いていくうちに気に入りましたね。
総括
価格帯を考えれば十分良作と言えるでしょう。
紅という他作品では真似できないヒロインの存在が非常に大きいですね。
仮にフルプライスの作品と比較しても、差別化点として大きなアドバンテージになり得る思います。
少なくとも僕の中では後々へも良い意味で記憶に残るであろう作品なのかなと感じていますね。
実は本作はDMMの10本1万円セールで購入したものなので、非常に安値で購入することができましたが、この出来であれば満額でも損はしなかったと思います。
社会人生活の影響もあり、エロゲ自体をプレイするのも久々でしたが、なかなかの当たりを引けて良かったです。
次にプレイする作品も良いものであることを期待したいですね。
余談ですが、当ブログ更新頻度が以前と比べて大分落ちてしまいましたが、毎日一定数の方がいらしてくれているみたいで非常にありがたい限りです。エロゲ自体は引き続きプレイしていきたく、印象に残ったら今回のように記事に残していければと考えておりますので、引き続きよろしくお願いいたします。
ではっ!